嫉妬は恋じゃあない。束縛は愛じゃあない。ただの女の子の日記。
スポンサーサイト
-------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 | スポンサー広告 | ∧top | under∨
静岡の話
2013-11-30 Sat 15:37
私の頭の中で、愛媛と愛知のイメージが一緒です。
でも、秋田と岩手のどっちが右でどっちが左かはわかるので、
日本人の平均よりは上かな、と勝手に思っています。涙です。

最近、SEX MACHINEGUNSの「みかんのうた」にはまっています。
私もみかんが大好きなので、「みかんのうた」からあふれ出んばかりのみかん愛には大変共感するのです。
命の水だポンジュース。

彼氏さんに「最近はどんな音楽を聴いているの?」と聞かれたので
「みかんのうただよ」と教えて
その場でググって歌詞まで見せました。
みかんのうたは曲もかっこいいですが歌詞が素晴らしい。こんなに良い歌詞はあまり見ません。
ただ愛媛のみかん限定のようなのですが。

そしたら彼氏さんが「愛媛のみかんか~。他にみかんが有名なところは?」と聞いてきました。

彼氏さんは、生まれと子ども期の育ちが静岡です。
私も、静岡はみかんでも有名であることは知っています。
彼氏さんがこのとき静岡って答えてほしかったのもわかっていました。

けれど私はとっさに頭に浮かんだので「和歌山」と答えてみたら、
彼氏さん若干すねました。

「静岡はーーーー?」
「静岡もみかんが有名なのは知っているよ」
「どこの町が有名なのかわかるー?」
「・・・・・・・・・清水」

とりあえず知ってる静岡の地名を挙げましたが違っていました。
三ケ日なのだそうです。そっか三ケ日だったか。
「私の知ってる静岡の地名」レパートリーが増えました。
今までは、
浜松と、清水と、箱根?箱根って静岡だっけ?神奈川?みたいなそんな感じでした。
なんせ割と最近まで富士山は山梨と静岡に一つずつあるものだと思っていたような地理音痴ですので・・・。

彼氏さんは静岡で過ごした子ども期にあまりいい思い出が無いようで、
「静岡出身っていうの嫌なんだよね」とよく言っていますが、
でもことあるごとに静岡アピール(?)をしたがるので、
多少はやっぱり好きなのだと思います。

ちなみに私の家は最近両隣の家から、そのお庭に成ったみかんを頂きました。
そのどちらも、スーパーに売っているみかんよりも甘酸っぱくて美味しくてそれはそれは見事であったので、
私の近所もみかんの名産地でよいと思います。

一年ももうあとわずか一か月を残すのみとなりましたが、
今年学習した建設的なことは、
「抹茶入りの緑茶、すなわち安物。良いものではない。」ということでした。
そのことを聞いてから、自分で買ってきたその安物のほうのお茶を美味しいと思えなくなってしまい、とても残念です。
今度からはお金を惜しまず美味しいお茶を買います。

そんな今日この頃。
スポンサーサイト
別窓 | 日々の彼是 | コメント:0 | トラックバック:0 | ∧top | under∨
異文化コミュニケーション
2013-11-25 Mon 01:06
五つ歳の離れた妹との関わりで、異文化コミュニケーションを感じます。
涙です。

すごく思うのは、
妹(17歳、高校二年生)は、割といつも怒っている。
ということです。(´・ω・`)
だいたい常に不機嫌で、何を言っても逆ギレされます。

ホルモンバランス的に不安定になる年頃なのでしょうか。
私も17歳のときってそんなにイライラしていたかなあ。
覚えてないです…
ただ、夜遅くに予備校から帰ったときはイライラしてたことが多いのは覚えていますw
でも22になって多少落ち着いた(怒る元気を失った?)姉から言うと、妹は短気すぎないかと不安なのです。
怒られるようなことしてないのにキレられたらこちらも悲しいのです。

さて上記のようにキレる若者と化している私の妹ですが、
どうしてキレるのか!?
私は二つの理由を考えました。

1.ホルモンバランスのせい。大雑把にいうと反抗期みたいな。お年頃のせい。

2.最近の若者が「自分の縄張り以外の人」にやたらと攻撃的なのと一緒。
最近の若者の「友達・仲間」はめちゃめちゃ神経を使って付き合わなくてはいけないので、その神経をすり減らした分「友達・仲間」以外の人にはとっても冷たくなるというメカニズムが私にもはたらいている。

この二つです。
でも2は切ないですねー。姉でありながら、自分の縄張り以外のどうでもいい人とみなされているようです!でも多分ありますよこれ。
これで私が「でも家族の絆ってとっても大切!キレられても私は妹大好きだもん☆」っていう博愛精神旺盛な優しいお姉さんだったら「家族のつながり」なるものが保てて良いんですけど、
私の考え方としては「家族≠血縁」。「血のつながり?なにそれ美味しいの?」という感じ。
妹は妹だし生まれたときから面倒みてたし、可愛いから可愛がってきたけど、もともと人として好きかといったらそうでもないのですよねー。そろそろお互い良い歳だし他人になっても良いのかもしれないですね。とも考えてしまうのです。

血がつながってるからといってどうってことないのかもしれないですよね(´・ω・`)
私と妹は赤の他人だし、お互いに何があっても痛くも痒くもないということがあってもおかしくはない。冷たい言い方をするとね。
まあ血縁は縁でもあるので、死ぬまで多少は関わり続けると思うんですけど。

最近は、母親とコミュニケーションがうまく取れないことに気がつきまして、だけど「親だからって無理に同調しようとしなくていいんだ!」と思えるようになったんです。
だので次は「妹とも無理にコミュニケーションを取らない」を心がけます!
最近妹とコミュニケーション取ろうとして、心当たりのない返り討ちにされることが多く、お姉ちゃんちょっと疲れちゃいました。。
家族でもコミュニケーション取りたい相手と取っていけばいいのですね。
そう考えると気持ちが楽になります。

何があったのかと言いますとw
妹のツイッターの使い方に姉として少しハラハラしてしまう部分がありまして、
鍵付きアカウントの友達がツイートに添付した画像を、
妹が鍵ついてない妹のアカウントでツイートに添付しまして、
「…それ鍵付けた意味なくないか?最悪の場合いじめとかに発展しないか?」と心配になってしまいまして、
できるだけ優しく、「さっきのお友達の写真のツイートだけど、ツイートして大丈夫だったの??」と聞きましたら、いきなりキレられて、怖くなり。
「は?ちゃんと許可取ったし。そんくらいわかってるし。」
妹はさながらいつ爆発するかわからない爆弾のようです。
ツイッターを主に友達とのコミュニケーションツールとして使っていると思われる妹が、一体なにをわかってるのかも、姉としてはわからないのですよ。
ちゃんと全世界に発信しているって自覚ある?って。もちろんあるのかもしれないけど。。
だので、心配したけど、返り討ちにあいました(´・ω・`)
もうちょっと言い方あるんじゃない?そこで怒ることないんじゃない?って、私は、思ってしまうんですけど(´・ω・`)

ですので妹のネット生活に口出しはしません、なるべく関わらないでいます!
というか妹の生活全体的になるべく関わらないでいるのがいいと思うので、そうします(´・ω・`)
ツイッターも、今まで妹をフォローしていて良かったなあと思ったことはないので、フォロー外しました。
多分これでお互い快適に過ごせるはず、干渉してごめんね妹!(`・ω・´)

家族って難しいなあー。
そんな今日この頃。
別窓 | フロムセルポン | コメント:2 | トラックバック:0 | ∧top | under∨
孤独という旅の途上に
2013-11-19 Tue 21:50
最近、聴いている音楽とはもっぱら合唱曲ですね。
しかも私が歌ってて好きだった曲ばかり。
タイトルは「青春譜」から。
私の一番好きな合唱曲です。

私は特定の信仰を持っていませんが、
敢えて言うならば言霊信仰に近いものを持っています。
話す言葉というのにとてもこだわりがあります。

私はよく「育ちがよさそう」とか「茶道か何か習っていた?」言われることが多いのですが、多分その理由のうち「言葉遣いが丁寧であること」が大きく占めていると思います。
良い人に見られたかったら、上品に見られたかったら、言葉遣いを直すのが一番手っ取り早いです。
言葉遣いを良くすれば自分にとってお得なことが自然と増えるのです。
例えば、優等生に見えれば上の立場の人の非難の対象から逃れられる、とか。
丁寧な言葉遣いは、人生を切り抜ける強力な武器になります。
ただ日ごろから気を付けなければならないので、乱暴だった人が今日から丁寧な言葉遣いを、というのも簡単なことではありません。

あとは、言葉遣いが汚いと、どうしても格好よく、または可愛く見えないのもあると思います。
卒業アルバムの写真は見栄えが良くても、「この人あまり良くなかった」と思うのは、決まって言葉遣いが乱暴だった人のように思います。

人が何かを考えるとき、「言葉」なしに思考することはとても難しく、
また「言葉にできない感情」を持っているととても余裕がなくなってしまいます。
言葉にすることで考え・気持ちを整理することもできますし、
たくさんの言葉を知っていることで、より「気持ちの正体に近いフォルダ」にしまうことができます。
言葉と気持ちの隙間が少なくなるのです。
逆に言えば、使う言葉によって気持ちのフォルダ分けが変わってきて、
それが蓄積されれば人格も変わってくるのだというのが私の考えです。

大学生のコミュニティでは、「実際」「からの~」「ワンチャン」「ほんとそれな」が話せればうまくやっていける、などという言説があります。
もちろんはやり言葉をうまく使いこなすのは、会話をスムーズにこなすうえでは大切かもしれません。
ただ、「ほんとそれな」とかは、多用していると語彙が少なくなっちゃうんじゃないかな、と心配なのです。
「ほんとそれな」以外に、「私はあなたに共感しています」ということを相手に示す手段を忘れてしまうのではないかなって。
はやり言葉を使わないと円滑にできないコミュニケーションなら、私はいっそコミュニケーションを取るのを諦めたいw

前にもブログに書いた気がしますが、「ヤバい」の台頭もちょっと恐ろしいですね。
現代で言う、古語の「べし」みたいに、
700年くらいになって、その時の人が「2010年くらいの『ヤバい』っていう単語、意味がたくさんあって覚えきれないよう~何かいいゴロ合わせないの!?」とかいうくらいだったらまだかわいいものなんですけれども、
思考が言葉によってカテゴリ分けされることを考えると、日本人はすべての物事を「ヤバい」か「ヤバくない」かでしか感じられなくなってしまうのではないかとも思います。

人によって使う言葉が違ったり、
言葉の使い方が違うことは多いと思います。
今まさに学校に通って義務教育を受けている人にとっての「教育」という言葉の意味と、
大学で教育学を学んでいる人にとっての「教育」という言葉の意味と、
政治家にとっての「教育」の意味、
会社員にとっての「教育」の意味、
塾講師にとっての「教育」、学校の教員にとっての「教育」、
全部意味は違うはずです。
その人が何を経験してきたかによって、どのような場面でどのような言葉を使ってきたかによって、その人独特の言葉選び、言葉遣いができるのだと思います。
ですので、同じ日本語話者でも、育ってきた環境によっては、同じ日本語とは思えないほど、会話が全く成り立たなかったりもする。
そこで「同じ日本語話者なのに・・・」とストレスを感じたりする。
どのような年齢か、どのような学歴かによってどのくらい使う言葉の数や難しさが違うのか、少し興味深いですね。調べてみたい。難しいと思うけど。

そんなことを考えるままに書いてしまいました。
よく読むと話題があっちゃこっちゃ飛んでいるし、一貫性もないかもしれない。
言いたかったことは、「言葉遣いを侮るべからず」ということです。
ちゃらい話し方をしていても「俺、実は頭いいから大丈夫。能ある鷹は爪を隠すんだぜ」と思っているそこのあなたも、
隠してるうちに、知らない間にその能もどこかへ行ってしまうかもしれないですよ。
みたいなね。
別窓 | 日々の彼是 | コメント:2 | トラックバック:0 | ∧top | under∨
男/女
2013-11-14 Thu 00:38
バイト先の売り上げが落ちているらしい。。
はうー。
頑張っているつもりなのですけれども。
これからもがんばります。

週3でバイト入って、週5でちゃんと授業もありまして
なので全然卒論が進まないですww
バイト入れすぎた。。反省。
なんとかすればええねん、とどうしても思ってしまって。
なんとかなるとは言わないから、なんとかする、なんですけど、
なんともならないこともあるのでしょうか。

今まで大学のテストが立て込んでも、いつもと同じペースでバイト入っていたし、
それでなんとかなってしまっていたので、
スケジュール管理が甘くなってしまったのかもしれません。

水曜日はジェンダー・デーでして、
3コマあるのですが、まあ3限は対人コミュニケーションだからあまりそうでもないけど、
4・5限はジェンダーの授業です。
すごく面白いです。

4限は、先週と今週で、トランスジェンダーで、法律上の性別は男性となっている女性の先生の講義でした。
質問にも気さくに答えてくれるし、
オネエとはどういう人のことを言うのか?とか
テレビでよくとりあげられることによってゆがめられた社会の認識のこととか
自分の中でもとても発見があって、面白いです。

本当は男と女って、
違うことより同じことの方が圧倒的に多いのは当たり前なのに、
生まれてからずっと男女の違いをいろいろな方向から教えられてきたせいか、
本質的に違うものだと思い込んでしまう。
例えば、男性が女性に対してしばしば抱く思い込みというのの一つに、「女性はムダ毛がない」ということがありますが、
男性にあるものが、女性にないわけがないのです。
それは少し冷静に考えればすぐにわかることなんです。
でも、なるべく「本質的に違うと思い込みたい」のか「本質的に違ってありたい」のかわからないけれども、やっぱり違うと思い込んでしまう人がいる。
多分、違ってある方がセックスアピールになって有利になるからでしょうか。

でも、「あなたが女性であることを証明してください」と言われても、厳密にはできないのではないかなって。
生殖器を見ても、それで性別は決まらないし、
戸籍抄本を見ても、それは医者が勝手に決めたことだし、
染色体を調べても、それでも性別は決まらないし。
やっぱり自分がどう思うかなのかもしれないですけど、
そうにしても実は証明するのって難しいんだなって・・・orz
そんなことも今まで気づかなかったですよ。22にして。

目の前に中性的な見た目の人がいたら性別を知りたくなるし、
人の説明をするとき多くは性別から教えるし、
私たちはどうして性別をそんなに気にしているのでしょうか。
前までは「気になるのは正しいことだ。気にしないという方がおかしい」とうっすら考えていた私ですが、
最近その「正しさ」が実は奇妙なものだと気が付いて、
どうしたら気にしないでいられるか模索中です。
そして、子どもにはあまり性別を重視しないように育ててみたい。
性別重視社会で、性別を重視するように教わって育った私が、どんな子どもを育てられるか。
どんな子になるかなw
そして、そのころにはどんな社会になるかなw

ちなみに学校教育については、
文部科学省の理解がなさ過ぎて、
しばらく男女差別は続きそうなのだそうですよ。
多分私は自分の子どもが学校を休みたいと言ったら、普通に休ませてしまうんだろうな。
学校は行かなきゃいけないものだとも思わないし。
私は多分仕事を持っていると思うので、子どもが休んでも一日中一緒にいられるわけではないと思うけど、学校を休んでも、私が学習指導要領に書かれていることよりも大切だと思うことを教えてあげたりしてみたい。

これで教育学専攻かよwwと思うかもしれんですが、
教育学では現状の学校の問題点とかも扱うことになるので、
多分私なんて教育学の初心者だと思うのですが、
私が学んだのは「学校って大したことない。」ということでした。
もちろん、子どもにとって自分と同じような発達段階の友達がたくさんできて、外で遊ぶというのは大切なんですけれども、それにしても学習指導要領はばかばかしい。

ただ、子どもに「どうして勉強しなくてはいけないの?」と聞かれたときの答えはちゃんと用意しています。
私にとっての「勉強した方が良い理由」は、ずばり、自分にとって新しい価値観を取り入れるため。
歴史とかも、ただの暗記教科で、授業はつまらん。という印象しかないのですが、
でも歴史が大好きで熱く語る先生の話は面白い。
それは歴史を通して得られる発見を教えてくれるからなのだと思います。
その過程で多少の暗記が必要になる、そのくらい。
その発見をさせてくれるような授業が、多分現状の学校教育だとなかなかないのではないかと思います。
だから、教え方も大切だと思うのですよね。
机に座らせて、覚えさせるだけじゃ、なにも学べない。

深夜テンションに任せてとりとめのない文章を長々と書きつづってしまいましたが、
明日起きたらちゃんと卒論書きます。ちゃんと書きます。
おやすみなさい。
別窓 | 日々の彼是 | コメント:0 | トラックバック:0 | ∧top | under∨
november
2013-11-05 Tue 15:41
11月ですね!
今年も残りわずか2か月となってしまいました。

最近はアイラブコーヒーというアプリにはまってしまっています。
カフェを作るとかそういうゲームには弱いんですよね。
多分弱い人たくさんいると思うんですけど。
だってみんなカフェ経営したがってますもんね。
だからきっとこういうアプリができたのでしょうね。

LINEの会社の経営状況はなかなかヤバい(悪い意味で)らしいのですが、課金しないとクリアできないクエストとかあったりして、アプリの中でも如実に表れているみたい。
面白いアプリにだったら多少課金してもよいと私は思っています。
なんでもタダでしようと思うのはよくないんじゃないかな、って。
楽しませていただいたらお金を払うのが利用者として大事なことだと思いますし。
アプリ作るのにかなりのお金と時間がかかっているわけですしね。
そういう正直者がバカを見る時代だからなんとも言えないんですけどね。
ただやっぱり私はすぐに飽きてしまいそうな気がするw

きのこの山を食べる度に気になることがあって、
「キノコの山のビスケットの部分が折れていたら、クレームが入るのか?」
ということです。
母親にためしに聞いたら、「そんな人はさすがにいないんじゃない?」という答えが返ってきましたが。

友達が出くわした状況のお話になってしまうのですが、
友達が大学の教室で、女子二人組の
「買ったばかりのストッキングを履こうとしたらさっそく伝線してしまった」
「最初から伝線してたことにしてそのコンビニに返してきちゃいなよ」
という会話を聞いたらしくて、
そんな世の中じゃきのこの山のクレームもあるのでは・・・。と心配になってしまいました。
もうちょっとみんな寛大になった方が人生楽しいよ!

そういえば最近『ゆるい生き方』という本田直之さんの本をお借りしまして、
なんかやっぱりそういう本も「シンプルライフ論」みたいになってしまうんだなぁと感じました。
シンプルライフ論はなかなか好きなので構わないのですけれどもね!
その中に、「することリストよりもしないことリストを作る」という項目があって、
それがなかなかいいなあーと思いました。

私が決めた「しないことリスト」は、
・タバコは吸わない
・UFOキャッチャー・ガチャガチャはしない
・家用のお酒は買わない
・2ちゃんねるは見ない
・株は買わない
とかです。ほかにも少しあります。
基本的に簡単です。

タバコ吸わないのは、肺活量が少なくなると歌に支障が出るからで、
UFOキャッチャーやガチャガチャは景品がいらないから。
家用のお酒を買わないのは、家でお酒を飲もうと思わないから、必要ないから。
2ちゃんねるは、見ると大体イライラするので見ません。
株は金儲け目的では買いませんが、もしかしたら就職したときに持株会には入るかも。

あとは本はなるべく借りて読む、とか。
最寄駅に図書館がないのが不便なのですが、それでもお金を出して買って本棚の肥やしになるのは不便かなと思いまして。
引っ越すときの家具は、テーブルとイスと本棚一つと引き出しの棚一つ、くらいが理想です。
なかなか難しいと思うんですけどねw
服とかは、収納があらかじめある物件を選んで、そこに入れておきたいなぁ。
ベッドは無しで布団で。
そしたら引っ越し安く済まないかな?w
引っ越し屋さんも楽でいい気がしますw

そんなことを考えている、今日この頃。
別窓 | 日々の彼是 | コメント:2 | トラックバック:0 | ∧top | under∨
| ice cream dropped. |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。