嫉妬は恋じゃあない。束縛は愛じゃあない。ただの女の子の日記。
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れでぃー?
2010-11-30 Tue 19:46
レディー・ガガのどこがレディーなのか、40字以内で私にわかるように簡潔に述べよ。




「リア充爆発しろ」

さて、この言葉は、最早流行語の域を超えた勢いで、浸透し、叫ばれているのである。
そして、
リアル=現実生活、が充実している、
という本来の意味は見失われ、
恋人がいる人=リア充、
と使われることが主である。
これはいかがなものであるか。

一方で、「リア」というと、「オフ」と似たような意味となり、それは「オン(ライン)」の対義語であろう。
いわゆる「オフライン」、「『実際に』知っている人」など、「インターネット上」ではなく現実世界で繰り広げられるものごとをさす。
インターネットは確かにバーチャルな世界である。
でも、バーチャルな世界に浸るのは現実に存在する生身の人間なのである。
バーチャルな世界でお買い物をしても、実際にお金はかかるし現実に商品は届くんである。

リア充、という言葉の意味に、インターネットは関係ないのかもしれない。
だけど、そもそもインターネット使わない人は「リア」という言葉は使わないはずなんである。
「リア充」という言葉には、暗に「インターネットを割とよく利用している人とは遠い存在」という意味があるように、私は感じる。

じゃあ、インターネットを通して知り合ったカップルは?
ネット恋愛は?
ネット恋愛だってなんだって、相手がキャラクター等ではない限り、現実の生身の人間だし、
リアルって、なに?

ネット恋愛の恋人たちは、今まで述べたことを踏まえると、リア充ではないということになる。

しかし世の中の人の2割くらいは、恋人がいるというだけで「リア充」とみなすでしょう。
1割の人は「それはリア充じゃないんじゃない」というでしょう。
あと1割の人は「よくわかんない」と言い、残りの6割の人は「そもそもネット恋愛は恋愛とみなさない」と言うんじゃないでしょうか。私の予想。

街行くカップルを無差別に「リア充」と呼ぶのは大変危険である。
多分、そもそも恋人同士でない場合が少なくとも20%くらいはあるんじゃないじゃろうか。あ、手を繋いでる場合はまた別ね。
そいで今にも別れそうな可能性もある。
少なくともどちらか一方に不満がある場合が多数だとは思う。
なんの問題もないお付き合いというのは、ほんとうに少ないと思う。

冒頭の「リア充爆発しろ」という言葉に戻ることにします。
私たちはどういう場合、「リア充爆発しろ」と思うのでしょうか?
多分、使う人は少なからずひねくれた気持ちで使うでしょう。
ひねくれた気持ちで使う、というと、「本当は恋人が欲しいけど、それに気づいていない人が無意識にそう思う」という考えが浮かぶかもしれない。
ところがどっこい、たとえ恋人がいたとしても「リア充爆発しろ」と思うときは思うのです。
そこで私は、私たちは「目につくカップル」に対して「爆発しろ」と思うと考えます。
この「目につくカップル」というのは、特に周りが見えていない恋人たち、である場合が多いと思う。ので周りが見えなくなりがちな人は気をつけてくださいね、実際爆破されることはないと思いますが、少なくともそう望まれていらっしゃいますよ。

そして合わせて、すなわち恋人が欲しいと思う気持ちが強い人が、もし恋人ができた場合「リア充爆発しろ」と思われる立場になる可能性が高いのではないか、とも思うのですが、どうなのでしょうか。
いや、周りが見えなくなりそう、っていう先入観ですw

私が言いたいのは、私たちが「リア充爆発しろ」と思う場合、すべての恋人をもつ人が無差別に対象になるのではなく、「目につくカップル」が対象になる…
が、これってカップルである必要性なくね? ってことです。
目につく人に消えてほしいと思うのは普通の心理です。
ですが何故対象がカップル限定なのか…
「リア充爆破したい」ではなく「リア充爆発しろ」なのにも注目したいですね。
あくまで他人任せなのですね。そこまで思うなら自分で爆破すればいいのに、とも思う。から私はなるべく「爆破したい」という表現を使うことにしています。

まぁとにかく、「爆発しろ」っていくら思っても実際爆発するようなことはほとんど起きません。
なので現実を見据えて、ひたすら他人に悪意を抱くのではなく、恋人いなくても生活を充実させる方がいいのではないでしょうか。

いろいろ書いたけど基本的に私はリア充=恋人がいる人、という使われ方には反対です。
恋人いなくても現実生活は充実しうるし、恋人いても苦しいかもしれない。
恋人がほしい人にとっては「恋人がいても問題がある」というのは「贅沢な悩み」だと言われるかもしれない。
でもなにが贅沢かなんて、その状況によって変わるものだし、恋人がいる人にとって、いない人がもつ悩みが「贅沢な悩み」かもしれない。
贅沢だろうがなかろうが悩みは悩み。むしろ「贅沢な悩み」で済ませるのは逃げである。
だからみんな仲良く協力して解決しましょう!(`・ω・´)

「恋人ほしいな」っていうのも、よくわからないんですけどね。
「特定の好きな人がいて、その人と付き合いたい」というならわかるんだけど・・・
私には、「恋人ほしいな」っていうのは、どちらかというと限りなく「誰でもいい」に近いように感じられて。
もちろん、本当に誰でもいい、というわけではないのはわかっているんです。本当に誰でも良かったら危険です。
だけど、「ある条件を満たせば誰でもいい」という状態は、「特定の好きな人がいる」人からしたら、「誰でもいい」に限りなく近い状態だと思います。
私は、自分は「(恋人ほしいと常日頃から言っている人と比べて)恋人をあまり欲しがる方ではない」と思っていますが、たまに、精神的に弱ったときや、そのほかにもふとした瞬間に「いるといいな」とは思いますよ。
だけど、「ある条件を満たせば誰でもいい」という状態の人は、もし恋人ができたとして、本当に好きになれるのだろうか?
「恋人がいる自分」を好きなのではないか?
とか考えたりするわけです。
実際に私はそういう状態になったことないから、なんともいえないけれども!

っていう独り言。
長い上にまとまってないな。

あとどうしても街中で目につくカップルに対して「リア充爆発しろ!」って思っちゃうときは、
「もしかしたら、この人たちは遠距離恋愛で、今は限りある貴重な逢瀬の時間なのかもしれない」と思うとちょっとほくほくしますよ。え、しませんか?

あ、ここまでいろいろいっておいてなんですが、今日の本当の疑問は
「レディー・ガガはどの要素がレディーなのか」
ということですので、よろしければご意見ください。私にはまったくわからないです。

そんな今日この頃。
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