嫉妬は恋じゃあない。束縛は愛じゃあない。ただの女の子の日記。
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みかた
2011-08-16 Tue 01:16
私は、誰かの話を聞いているときとか、基本的にその人の考え方とかが自分に害を与えない限り、否定はしないようにしています。

例えばバイト仲間さんが「バイトやめようと思ってる」って相談してくれたときとか、「さびしい」とか「悲しい」とかはもちろん口にします、それは、「私はあなたを大切に思っていました」という意思表示で。
でも、「辞めないで!!」とは、いえない。

他に例えるなら、極論、「自殺したい」と私に打ち明けてくれる人がいても、私は「死なないで!」っていえないと思う、いろいろ考えすぎて。
多分、いろいろ考えた結果、「私はあなたの痛みがわからないし責任も負えない、でも、許されるなら、死なないでほしいと思う」とか言うんだと思いますけど(笑)
まぁ、そんな相談はされた事がないのでわからないですね、、、。
これからもされないほうがいいのですけどね(笑)

なんというか、他の人の考え方を否定したくないというか、尊重したいというか。そんな気持ちで。


でも、それって、衝突を避けてるということ、ぶつかり合い(言い争いとかではなく、相手と自分の気持ちの照らし合わせ)から逃げていることになるのではないかと、ふと、心配になりました。

私は、それがその人の支えになるのならば、できるだけ私の好きな人(not only 恋愛)の味方でありたいと思っています。
それは、間違っていると思ったときは間違っていると思うと言うけど、でも何をしても最終的に嫌いになったりしない。その人がなにか失敗しても、力になれるなら支え続けたい。そんな状態であったら理想だと思います。
実際、私はそのようにして周りの人に何度も助けられてきたし。
代表的な例は、親ですよね。
たまに変わった環境のご家庭もあるようですが、でも、ほとんどの場合、この姿勢って家庭で育まれるのではないかと思います。

んーとなにが言いたいかわからなくなってきました。
自分、酔っております。

誰かを、嫌いにならないという保障は、ない。
もしかしたら人生が進むにつれて、それまで好きだったとしても、どうしても誰かを嫌いになってしまう事があるかもしれない。
だけど、私は、無意識ですが、「できるだけ味方でいたい好きな人」は選べているのではないか、と思います。
だから、最終的にその人がなにをしても、嫌いにはならないって自信を持って言えているのではないかな。
幸い、素敵な人が周りには多い。と、私は思っています。

好きな人を無意識にだってわざわざ選ばなくても、味方でいるポーズは簡単にとることができるのですけどね。
選ぶというのもそれはそれで残酷な事です。

でも、「この人と私はなんとなく価値観がずれているから、なにがあっても味方でいることはできないかもしれない」って、なんとなくわかるものなのじゃないかなー(笑)
とか、思っているわけです。

ちょっと考えをまとめてみようと思ったので書きました。あんまりまとまってはいない。いつものことです。
なにはともあれ、友達は大切にしたいですね。
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