嫉妬は恋じゃあない。束縛は愛じゃあない。ただの女の子の日記。
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Don't abandon me.
2012-04-27 Fri 09:52
小さなころから、雨は好きではありませんでした。
濡れるのが好きではないし、
外で遊べないし。

私は高校生の時、幼稚園にボランティアに行ったことがあるのですが、そこで一番覚えているのは、「先生、見てて!見てて!」って言って、子どもたちがジャンプしたりして見せてくれたこと。
自分がどれだけ高くジャンプできるか、とか、ジャンプしてくるっと1回転できること、とか、子どもは全部大人に「見てて!ねえ、見ーてーてー!!」と言います。
そのことを思い出すと、「いいなあ」とぼんやり思う。
その、子どもが「ねえ!ねえ!見てて!」って言っていろいろなことをして見せてくれるというのも、いいなあ、と思う(逐一褒めるというのは、意外と疲れるものなのですけどね)。
ただ私が何より「いいなあ」と思うのは、子どもが「見てて!」って言えること、それ自体。

いつから私たちは「見てて!」って言わなくなったのでしょうか?
「見てて!」と言わなくなった後の、「見ないで!」の時期は、反抗期、とか難しい年代、と言って、よく教育で取り扱われる話題なのですが、幼児期を経て「見てて!」と言わなくなる時期というのを、私は聞いたことがありません。(いや、もしかしたら教科書に案外簡単に載ってるかも)
ただ、大きくなって、(大人になっても、)「見てて!」と言わないからといって、見ててほしくないのかというと、違う気がします。
むしろ、大きくなってしまったのでなんとなく「見てて!」って言えない。
でも本当は「見てて!」ってすごく言いたい。
そんな人がとても多いような気がします。

だから、「見てて!」って言えない人を、なるべく見ててあげられる人になれたらいいな、と思いましたが、人一人が見ていられる人の数って、そんなに多くないんです。
いろいろして見せてくれる子どもを逐一褒めることが意外と大変なように、しっかり見守っていてあげることって、大勢の人に対していっぺんにしてあげられることではない。
それが、なんとなく、残念なのです。

ただ、見守ってあげるときは、本当に「見守っててあげる」だけで効果アリ、だとは思います。
なにか特別なことをしつづけなくてはいけないのではなくて、物理的には見続けることは難しいけども、そうではなくて、精神的に、見守ってあげること、話を聞いてあげること、応援してあげることが大切なのだと思います。

「見てて」って言わないけど本当は見ててほしい、って、さびしいことですね。
大人も「見てて!」って言えばいいのに。
みんなで幼児返りしようぜ。

なんだろう、
私が「浅く広く」よりも「狭く深く」の人間関係を好むのは、
そんな理由もあるのかもしれませんね。

と、そんなことを考えたのでした。

ただ、子どもはやっぱりほっとくと危なっかしいことをしまくるので、命の危険すらあるようなことも平気でしちゃうので、ある程度ガチで見守ってないと危ないかもしれない、ですねw
成長度合いの様子を見て、少しずつちょっと危ないことにもチャレンジしてみるのもいいのだと思うので、頭ごなしになんでも「危ないことはだめです!」っていうのもね、よくないと思うのですけどもね。
やっぱり多少のけがはするものだし、けがをしていろいろなことを学んでいくのだから、痛がってる様に同情はしても、モンスターペアレントみたいにはならないでほしいですねw
そういう人って、例えば自分のせいで子どもをけがさせてしまったらどうするんだろう?

そんな今日この頃。
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