嫉妬は恋じゃあない。束縛は愛じゃあない。ただの女の子の日記。
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あとテスト一つとレポート一つ。
2012-07-20 Fri 21:22
今日はプレゼン&レポート提出の授業が一つあって、実は本格的な準備は昨日からでしたが、なんとか無事に終えることができました。
レポートは、プレゼンで発表する内容を論文化するだけなので、さほど時間もかかりませんでした。

教育臨床心理学の授業で、内容は、授業内で扱った方法論を用いて、独自の議論を展開すること。
私はナラティブを使って、自分の経験を扱ってみました。
内容は、DVを経験したけれどもその経験が「DV」だと1年弱ほど気づかなかったこと、そして気づくことによってどんなことが変わったのかということ。暴力依存症とはどんなものかということ。

レジュメに書いたことは以下の通りです。

暴力依存とナラティブ

*ナラティブとは
 自分の人生(主に過去)をとらえ、意味づけするための手がかりとしての「物語」

*そもそも暴力依存症とは?
 ・する側だけではなく、実はされる側も依存症になってしまう
  (※暴力を振るわれるのは嫌です)
 ・共依存になりやすい ←厄介
 ・依存症になるとどうなるの?
  →「この人は私がいないとだめなんだ」という閉じたナラティブが出来上がり、なかなか脱却できない
 ・暴力を振るわれなくなると、不安感に襲われ、暴力を誘発する行動を取る

*多くのDVのパターン【行動→激昂→沈静→謝罪】
 【行動】甲がなにか乙の気に触れることをする、または言う
   (ここでいう「気に触れること」とは必ずしも社会が共有する価値観に基づかない)
 【激昂】乙が怒る。甲が何を言っても聞き入れないことが多い。暴力もここで起こる
 【沈静】ひとしきり乙が怒ると、落ち着いてくる
 【謝罪】【激昂】を謝罪。人が変わったように優しい。甲は「これが本当のこの人」と信じる

 DVで大きな問題なのはあくまで暴力ではなく、この一連の流れから生まれる閉じた物語である。(児童虐待などにも似た流れがうかがえる)

*私のナラティブが変わった時
 上記の流れの経験をする
 →当時の状況を知人に話す
 →「残念だけどな、それはな、DVっていうんやで。」
 →自分がDVを受けていたことを認知(それまで「DV」とは思ってなかった)
 →「DVを受けた私」に物語が変わった

*認知がもたらしたもの
 ・「DV」という単語による調べやすさ
  →暴力誘発行動は治らない「性質」ではなく、改善可能な「症状」である→前向きに
 ・「DVを受けた」という苦痛
   誰が悪かったのだろうか、なぜ私だったのか…

*物語を選択するということ
 私は知人の助言により、自らの過去をDVの物語として語ることを選んだが、それはしっくりくるというだけで「唯一絶対の語り方」ではない。今まではなるべく人に話さないで、自分の過去の話には触れないようにしようとしていたが、むしろ過去に関する様々な語り方の可能性を他者からの意見によって取り入れ、捉えなおしていくことで、より肯定的に過去を見ることができると考える。それが実現するように心がけようと思う。

参考文献 『ナラティブ心理学セミナー 自己・トラウマ・意味の構築』2009年
      ミシェル・L・クロスリー著 角山富雄/田中勝博訳 金剛出版
     『子ども虐待』2010年 西澤哲著 講談社

大体話した内容は上記のレジュメの内容に即しています。
見てくれた方にはコメントペーパーを書いていただけるので、感想を読ませていただいたのですが、
・暴力に依存症があることを初めて知った
・暴力依存症になるのは振るう側だけだと思っていた
・児童虐待に似た流れであるということに驚いた
・DVで一番大きな問題は、暴力の質というよりむしろこの物語にはまってしまうことであるという提言に驚いた
などなどのコメントを頂いて、
今まで大勢の人の前でこの件について話したことはありませんでしたが、今回このように体系化させて話すことができたことをとても嬉しく思います。
本当は不安でしたが、話してよかったかなと。
決して同情がほしかったわけじゃない。物語の変わり方を知る手掛かりになればいいなと思っただけで。
それがうまく伝わっていたらいいなあと思います。

参考文献を二冊あげましたが、実は考え方に影響を与えられたというだけで、一切引用などはしていないのです。
だから、現時点で「私の実体験」や「見聞きしたこと」が内容のほとんどを占めていて、学術的根拠は、と問われると、探せば文献もあると思いますが、今回は参照いたしませんでした。
だからDVのパターンのところで挙げた四つのステージや、DVで大きな問題なのは暴力そのものというよりもむしろ物語の在り方だ、という提言もオリジナルなものです。いや、もしかしたらどなたかがもう明言されているのかも。
その学術的根拠がないということだけが少し気がかりだったのですが、先生からも特に悪い点に関する指摘がなくて、安心しました。悪い点がありすぎて諦められてたなら、ちょっと悲しいですけど。
今回は声震えなかったからね!よかった!

残りのテストとレポートも頑張ろうと思います。来週の金曜日でもう夏休みを迎えたい。テストがその日なので。
そんな今日この頃。
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