嫉妬は恋じゃあない。束縛は愛じゃあない。ただの女の子の日記。
スポンサーサイト
-------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 | スポンサー広告 | ∧top | under∨
男/女
2013-11-14 Thu 00:38
バイト先の売り上げが落ちているらしい。。
はうー。
頑張っているつもりなのですけれども。
これからもがんばります。

週3でバイト入って、週5でちゃんと授業もありまして
なので全然卒論が進まないですww
バイト入れすぎた。。反省。
なんとかすればええねん、とどうしても思ってしまって。
なんとかなるとは言わないから、なんとかする、なんですけど、
なんともならないこともあるのでしょうか。

今まで大学のテストが立て込んでも、いつもと同じペースでバイト入っていたし、
それでなんとかなってしまっていたので、
スケジュール管理が甘くなってしまったのかもしれません。

水曜日はジェンダー・デーでして、
3コマあるのですが、まあ3限は対人コミュニケーションだからあまりそうでもないけど、
4・5限はジェンダーの授業です。
すごく面白いです。

4限は、先週と今週で、トランスジェンダーで、法律上の性別は男性となっている女性の先生の講義でした。
質問にも気さくに答えてくれるし、
オネエとはどういう人のことを言うのか?とか
テレビでよくとりあげられることによってゆがめられた社会の認識のこととか
自分の中でもとても発見があって、面白いです。

本当は男と女って、
違うことより同じことの方が圧倒的に多いのは当たり前なのに、
生まれてからずっと男女の違いをいろいろな方向から教えられてきたせいか、
本質的に違うものだと思い込んでしまう。
例えば、男性が女性に対してしばしば抱く思い込みというのの一つに、「女性はムダ毛がない」ということがありますが、
男性にあるものが、女性にないわけがないのです。
それは少し冷静に考えればすぐにわかることなんです。
でも、なるべく「本質的に違うと思い込みたい」のか「本質的に違ってありたい」のかわからないけれども、やっぱり違うと思い込んでしまう人がいる。
多分、違ってある方がセックスアピールになって有利になるからでしょうか。

でも、「あなたが女性であることを証明してください」と言われても、厳密にはできないのではないかなって。
生殖器を見ても、それで性別は決まらないし、
戸籍抄本を見ても、それは医者が勝手に決めたことだし、
染色体を調べても、それでも性別は決まらないし。
やっぱり自分がどう思うかなのかもしれないですけど、
そうにしても実は証明するのって難しいんだなって・・・orz
そんなことも今まで気づかなかったですよ。22にして。

目の前に中性的な見た目の人がいたら性別を知りたくなるし、
人の説明をするとき多くは性別から教えるし、
私たちはどうして性別をそんなに気にしているのでしょうか。
前までは「気になるのは正しいことだ。気にしないという方がおかしい」とうっすら考えていた私ですが、
最近その「正しさ」が実は奇妙なものだと気が付いて、
どうしたら気にしないでいられるか模索中です。
そして、子どもにはあまり性別を重視しないように育ててみたい。
性別重視社会で、性別を重視するように教わって育った私が、どんな子どもを育てられるか。
どんな子になるかなw
そして、そのころにはどんな社会になるかなw

ちなみに学校教育については、
文部科学省の理解がなさ過ぎて、
しばらく男女差別は続きそうなのだそうですよ。
多分私は自分の子どもが学校を休みたいと言ったら、普通に休ませてしまうんだろうな。
学校は行かなきゃいけないものだとも思わないし。
私は多分仕事を持っていると思うので、子どもが休んでも一日中一緒にいられるわけではないと思うけど、学校を休んでも、私が学習指導要領に書かれていることよりも大切だと思うことを教えてあげたりしてみたい。

これで教育学専攻かよwwと思うかもしれんですが、
教育学では現状の学校の問題点とかも扱うことになるので、
多分私なんて教育学の初心者だと思うのですが、
私が学んだのは「学校って大したことない。」ということでした。
もちろん、子どもにとって自分と同じような発達段階の友達がたくさんできて、外で遊ぶというのは大切なんですけれども、それにしても学習指導要領はばかばかしい。

ただ、子どもに「どうして勉強しなくてはいけないの?」と聞かれたときの答えはちゃんと用意しています。
私にとっての「勉強した方が良い理由」は、ずばり、自分にとって新しい価値観を取り入れるため。
歴史とかも、ただの暗記教科で、授業はつまらん。という印象しかないのですが、
でも歴史が大好きで熱く語る先生の話は面白い。
それは歴史を通して得られる発見を教えてくれるからなのだと思います。
その過程で多少の暗記が必要になる、そのくらい。
その発見をさせてくれるような授業が、多分現状の学校教育だとなかなかないのではないかと思います。
だから、教え方も大切だと思うのですよね。
机に座らせて、覚えさせるだけじゃ、なにも学べない。

深夜テンションに任せてとりとめのない文章を長々と書きつづってしまいましたが、
明日起きたらちゃんと卒論書きます。ちゃんと書きます。
おやすみなさい。
スポンサーサイト
別窓 | 日々の彼是 | コメント:0 | トラックバック:0 | ∧top | under∨
<<孤独という旅の途上に | ice cream dropped. | november>>
この記事のコメント
∧top | under∨
コメントの投稿

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック
∧top | under∨
| ice cream dropped. |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。