嫉妬は恋じゃあない。束縛は愛じゃあない。ただの女の子の日記。
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孤独という旅の途上に
2013-11-19 Tue 21:50
最近、聴いている音楽とはもっぱら合唱曲ですね。
しかも私が歌ってて好きだった曲ばかり。
タイトルは「青春譜」から。
私の一番好きな合唱曲です。

私は特定の信仰を持っていませんが、
敢えて言うならば言霊信仰に近いものを持っています。
話す言葉というのにとてもこだわりがあります。

私はよく「育ちがよさそう」とか「茶道か何か習っていた?」言われることが多いのですが、多分その理由のうち「言葉遣いが丁寧であること」が大きく占めていると思います。
良い人に見られたかったら、上品に見られたかったら、言葉遣いを直すのが一番手っ取り早いです。
言葉遣いを良くすれば自分にとってお得なことが自然と増えるのです。
例えば、優等生に見えれば上の立場の人の非難の対象から逃れられる、とか。
丁寧な言葉遣いは、人生を切り抜ける強力な武器になります。
ただ日ごろから気を付けなければならないので、乱暴だった人が今日から丁寧な言葉遣いを、というのも簡単なことではありません。

あとは、言葉遣いが汚いと、どうしても格好よく、または可愛く見えないのもあると思います。
卒業アルバムの写真は見栄えが良くても、「この人あまり良くなかった」と思うのは、決まって言葉遣いが乱暴だった人のように思います。

人が何かを考えるとき、「言葉」なしに思考することはとても難しく、
また「言葉にできない感情」を持っているととても余裕がなくなってしまいます。
言葉にすることで考え・気持ちを整理することもできますし、
たくさんの言葉を知っていることで、より「気持ちの正体に近いフォルダ」にしまうことができます。
言葉と気持ちの隙間が少なくなるのです。
逆に言えば、使う言葉によって気持ちのフォルダ分けが変わってきて、
それが蓄積されれば人格も変わってくるのだというのが私の考えです。

大学生のコミュニティでは、「実際」「からの~」「ワンチャン」「ほんとそれな」が話せればうまくやっていける、などという言説があります。
もちろんはやり言葉をうまく使いこなすのは、会話をスムーズにこなすうえでは大切かもしれません。
ただ、「ほんとそれな」とかは、多用していると語彙が少なくなっちゃうんじゃないかな、と心配なのです。
「ほんとそれな」以外に、「私はあなたに共感しています」ということを相手に示す手段を忘れてしまうのではないかなって。
はやり言葉を使わないと円滑にできないコミュニケーションなら、私はいっそコミュニケーションを取るのを諦めたいw

前にもブログに書いた気がしますが、「ヤバい」の台頭もちょっと恐ろしいですね。
現代で言う、古語の「べし」みたいに、
700年くらいになって、その時の人が「2010年くらいの『ヤバい』っていう単語、意味がたくさんあって覚えきれないよう~何かいいゴロ合わせないの!?」とかいうくらいだったらまだかわいいものなんですけれども、
思考が言葉によってカテゴリ分けされることを考えると、日本人はすべての物事を「ヤバい」か「ヤバくない」かでしか感じられなくなってしまうのではないかとも思います。

人によって使う言葉が違ったり、
言葉の使い方が違うことは多いと思います。
今まさに学校に通って義務教育を受けている人にとっての「教育」という言葉の意味と、
大学で教育学を学んでいる人にとっての「教育」という言葉の意味と、
政治家にとっての「教育」の意味、
会社員にとっての「教育」の意味、
塾講師にとっての「教育」、学校の教員にとっての「教育」、
全部意味は違うはずです。
その人が何を経験してきたかによって、どのような場面でどのような言葉を使ってきたかによって、その人独特の言葉選び、言葉遣いができるのだと思います。
ですので、同じ日本語話者でも、育ってきた環境によっては、同じ日本語とは思えないほど、会話が全く成り立たなかったりもする。
そこで「同じ日本語話者なのに・・・」とストレスを感じたりする。
どのような年齢か、どのような学歴かによってどのくらい使う言葉の数や難しさが違うのか、少し興味深いですね。調べてみたい。難しいと思うけど。

そんなことを考えるままに書いてしまいました。
よく読むと話題があっちゃこっちゃ飛んでいるし、一貫性もないかもしれない。
言いたかったことは、「言葉遣いを侮るべからず」ということです。
ちゃらい話し方をしていても「俺、実は頭いいから大丈夫。能ある鷹は爪を隠すんだぜ」と思っているそこのあなたも、
隠してるうちに、知らない間にその能もどこかへ行ってしまうかもしれないですよ。
みたいなね。
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この記事のコメント
面白く拝読いたしました。
私が最近とみに考えるのは、言葉にするときに必要ないと切り捨てた思考過程はどうしても相手に伝わらないのだなあ、ということです。当たり前のことなのですが。
もっと言葉を増やすべきかどうか…少なくなったり多くなったりする口数に自分の葛藤の様子がよく見えます(苦笑)
いずれ教育者になろうとしている身ですが、私が行う教育も安定しないのだろうなと、将来の生徒の苦労が偲ばれます。
2013-11-20 Wed 06:33 | URL | 立ち寄り #EUoP/Eq2 [内容変更]
ありがとうございます
コメントありがとうございます。
面白いと言っていただけるとは思いませんでした。ありがとうございます。

確かに、「行間を読む」などという日本語もありますが、やっぱり言葉にするのが一番伝わる、言葉にしないと伝わらないというのがありますよね。
最近は特に言語化が重要視されるようになったとも聞きます。
西洋文化の取り入れが関係あるのかもわからないですけれども。
私も困ると黙ってしまう癖があります、自分の思考を言葉にして話すのが苦手です。理解してもらえるのかどうかも不安で。

教育者を目指されているんですね。
案外、安定した教育を行える人って少ないと思いますよ。もしかしたら、いないかもしれない。
何を安定した教育と呼ぶかにもよると思いますけれども。
虐待とか、いたずらに生徒の自尊心を損ねるようなことがなければ、子どもって割と勝手に成長していくものだと思います。
もちろん生徒にとって先生は重要な存在ですが、先生だけから影響を受けるわけでもないと思うので、「どちらかというと見習ってためになることが多い」くらいを目指すくらいが、肩の力を抜けていいんじゃないかな、と思います。
教壇に立ったこともないのに、偉そうなことを言って申し訳ないのですけれども。
陰ながら応援させていただきます。
2013-11-20 Wed 10:47 | URL | #- [内容変更]
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